2007年Primavera 【Piemonte→Emilia Romagna→Umbria】
(1)世界一贅沢な、まかない飯~ピエモンテ・Alba近郊のカステッロにて~
ここは、ピエモンテ州はアルバ近郊の小さな村。
幾重にも連なる丘を見下ろす、カステッロ(城)の庭で、こうして今日も、昼ごはんを待ちきれない彼ひとりの、優雅な昼食が始まっている。
「Mはお腹すいたんじゃないの?Ritz、勝手知ったるクチーナ(厨房)でしょ。なんでも好きに使っていいから、先に何か作ってあげなさい」
女主人のリゼッタは、なんでもお見通しだ。その言葉に甘え、まだ誰もいないクチーナに入り、一人分の手打ちパスタ“タヤリン”をさっと茹でてラグーに合える。これだって、立派なお客さん用メニューだ。皿に盛って庭に出ると、春の日差しが差し込む一等席に、なんと、リゼッタがテーブルセッティングをしてくれてあるではないか。
まったく、VIP待遇だ。当の4歳児は、この有難みをわかっているんだろうか。
ばくばくと無邪気にパスタを頬張っている。
祖父の代から受け継いだカステッロで、長女リゼッタを始めとする女3姉妹とその娘たち、そして未亡人のおばあちゃんという、まさに女系一族が、アルベルゴ、リストランテ、そしてカンティーナを切り盛りしている。
このあたり一帯はバローロ、バルバレスコ、ドルチェット・ダルバなどの赤ワインと、高級食材の白トリュフで名高いランゲ丘陵と呼ばれる地域。
日本でももはやおなじみとなった「スローフード」の本拠地として、今でこそすっかり有名になってしまったが、地元で古くから有名なこのカステッロのリストランテで、私が初めて働かせてもらったのは8年前。以来、子供が生まれてからも、イタリアに来るたびに必ず滞在する場所の一つになっている。
さて、今回も居候の身でありながら、朝は宿泊客にまぎれて豪華なビュッフェスタイルの朝食を取ったかと思えば、昼はこうして、早くも腹が減った息子のために、まだ誰もいないクチーナで勝手にパスタを茹でているという図々しさ。
おまけに、滞在の名目は、コブつきではあるものの、一応、料理の勉強だというのに、なんと優雅な半日であることか。
というのも、カステッロの朝は遅い。一日がスタートするのは昼食時からといってもいい。
毎晩深夜まで、一族総出でリストランテの仕事に携わることもあり、みな、それぞれ気ままな時間に起き、気ままな朝を過ごし、そして昼食のまかない飯を作るところから、一日が始まるのだ。
唯一、女主人のリゼッタだけは、誰よりも遅くまで起きているのに、誰よりも早く起き、宿泊客の朝食の世話から始まって、チェックアウトして旅立っていく宿泊客を見送ったり、こうして、お昼まで何もすることがなくてぶらぶらと過ごしている居候親子のことまで気を配ってくれる。
そうこうしているうちに、まかない飯の時間が近づいてきた。
カステッロの厨房に欠かせない人間は3人いる。
リゼッタの末の妹である、料理長のリリ。
リゼッタの長女、アレッサンドラ。子供のいないリリにとっては、姪のアレッサンドラは頼もしい跡継ぎだ。
そして、長年、この厨房で働いている近所の主婦、ブルーナ。
この3人の中で、一番早く厨房にやってきた人間が、昼のまかない飯のメニューを決める。
というか、食べたいものがあったら、作ったもん勝ちと言ったほうが正しいかもしれない。
しかし、この3人以外の、日ごろ厨房に出入りしないはずのある人間が、突然、まかない担当を名乗り出ることが、ごくたまーにある。それがリゼッタだ。
今回も、そのめったにお目にかかれないリゼッタのまかない飯にあやかるという、またとない機会に出くわした。
冷蔵庫をごそごそとあさり始めたかと思うと、タッパーに入ったミンチ肉を取り出す。むむ?これは、昨日ブルーナが、今夜のお客用に下ごしらえしたばかりの、ポルペッテ(肉団子)用のタネではないか。
「何、作るの?リゼッタ」
「さあ。何ができるんだか」
リゼッタは、ちょっとだけ肩をすくめると、フライパンいっぱいに、このタネをぎゅうぎゅうと大胆に広げて火にかけた。すごっ。言ってみれば、巨大なハンバーグだ。
そもそも、ポルペッテとは、イタリア全土でお目にかかれるポピュラーな肉団子。でもそれだけに、パルミジャーノとパン粉だけでシンプルにまとめるものから、さまざまな種類や部位の肉を混ぜ合わせることで風味を出すもの、みじんぎりした野菜を入れるものもあるから、店ごとの特徴が如実に出る。ポルペッテを食べれば店のレベルがわかるといってもいいかもしれない。
当然、カステッロのポルペッテには、惜しげみなく特上の仔牛肉が使われてるほか、いろんな隠れ技が利いている。その大事なタネを、しかも、普段であれば、少しずつ丸めて、トマトやグリーンピースなどと共に煮込んで供すはずのタネを、まるでお好み焼きでも作るかの要領で焼いてしまうんだから、ああ、もったいない……が、うまくないはずがない。
香ばしい肉汁の匂いに誘われて、おばあちゃんや寝坊していた娘たちもクチーナに集まってきた。
フライパン大の巨大ポルペッテは、ケーキのように放射線状に切り分けそれぞれの皿に盛る。私の息子も、みんなより一足先に、タヤリンを食べたばかりだとうのに、つられて食べている。
「ハンバーグ、ちょうだい、ハンバーグ、もっと!」
この贅沢極まりないイタリア料理を「ハンバーグ」呼ばわりして、私の皿にまで手を出しているが、赤身の濃い肉汁がぎゅーと閉じ込められた塊は、ステーキを頬張るよりも濃い肉の味わいがして、やみつきになりそう。
このカステッロでは、お客さん用も、スタッフ用も、食事に区別はない。
余りものでまかない飯を作るのではなく、余すことなくお客さん用料理を作ってそれをスタッフも一緒に食べるのだ。
そうそう、巨大ハンバーグが焼ける間に、タヤリンの香草バターソース和えも、山盛り食べたっけ。これだって、メニューに載ってる立派な料理。
ああ、これだから、カステッロのまかない生活はやめられない。
さて、昼食が終われば、一息つく間もなく、クチーナが一気に活気を帯びる。
今日は、ニョッキをまとめてつくらないといけない。
息子は庭で放し飼いにしておいて、私はクチーナへ…という計画が当初はうまくいかず
「ママー、お庭で駆けっこしようよー」「ママー、一緒にお花摘もうよー」と何かと私をクチーナから引きずり出していた彼だったけど、昨日あたりから私といっしょにクチーナに居座る醍醐味を覚えたようだ。
なんたって、ここにいれば、クッキーやタルトが焼きあがるたびに、ジェラートができあがるたびに、なにも言わなくたって誰かしらが「はい、M、食べてごらん!あーん!」と片っ端から味見させてくれる。こんなおいしい場所はないことに、ついに気づいてしまったらしい。
そのうえ、今日はなんと、ニョッキづくりにまで手を出している。粘土遊びじゃないんだぞっ。
ブルーナが、彼の身体にテーブルクロスを、頭にはペーパータオルを巻きつけて、小さなシェフに変身させてくれた。本人、かなり、調子こいている。
しかし、8年前の私も、まるで、こんなんだったのだろうな。
何の役にも立たない、何のノウハウもない、それでも、こうしてエプロンを身に着けクチーナに立たせてもらい、片っ端から味見させてもらい、片っ端から手を出させてもらった。
邪魔者以外の何者でもない息子が、こうして空気のようにクチーナにいる姿を見ていると、
8年前の自分を思い出すと同時に、あらためて、カステッロの人たちの懐の深さと、ある意味、余裕というか、ゆるぎない自信のようなものを、痛感せずにいられない。
アレッサンドラが、今朝採れたばかりのグリーンピースを大量に持ってクチーナにやってきた。ニョッキの次は、手のすいているもの全員で、グリーンピースの鞘むきに、とりかかる。
目の悪いおばあちゃんが、たまに誤って取り除いたスジのほうを、豆のザルに入れてしまうと
「んもー、だめだよ、これは捨てる方に入れなくっちゃ」
と除けている。日本語だから通じないからいいけれど、ますますシェフ気取りだ。
ちなみにこの新鮮グリーンピース、店で出す料理用ではなく、アレッサンドラが自分たちで食べる用に買ってきたのだとか。
さっと湯がいたあと、ブロードとトマトで軽く煮たあと卵閉じにして、夜ご飯のまかない飯で完食した。
まったくカステッロのまかない飯と来たら、あんまり大きな声じゃ言えないけど、お客さん用の料理より、贅沢であること、間違いない。
さて、カステッロに滞在したあとは、丘のふもとのアグリツーリズモへ移動。
この土地を訪れる際、忘れてはならないもうひとつの宿だ。
続きは、次回にて。
コブつき料理修行の旅は、まだまだ続く…。
(2)イタリア版「実家」にて~ピエモンテ・Aliba近郊のアグリトゥーリズモから~
語弊を恐れずに例えて言うとすると、カステッロが上界のホテルであるならば、丘のふもとのこのアグリツーリズモは下界の宿。
でも、下界には下界の、なんともいえない気楽さと居心地のよさがある。だからこそ、目と鼻の先に位置するこの二つの宿を、毎年こうして、荷物をまとめなおす手間も惜しまずわざわざハシゴしてしまうのだ。
8年前に、初めてカステッロの厨房で働かせてもらうことになったとき、カステッロのリゼッタが居候先として紹介してくれたのが、この宿。近所の農家の夫婦、ジュリオとピヌッチャが経営している超リーズナブルなアグリツーリズモだ。
農作業の傍ら民宿を始めて、9年近く経つけれど、妻ピヌッチャの大らかな性格と体格、60を過ぎても夜明け前から日が暮れた後まで畑に立つ夫ジュリオの人徳に、高級ホテルでは得られない快適さを覚えるのは、私だけではないようで、スイスやドイツからのリピーターが絶えない。
だから私も、今となっては毎回無銭でカステッロの一室に居候しているし、何日でも居ていいわけなんだけど、でもでもやっぱり、このピヌッチャとジュリオの宿に何泊かしないと気がすまないのだ。
B&B(ベッド&ブレックファスト)スタイルの宿ではあるが、それは、ピヌッチャが料理を得意としないから、というわけでは決してない。
人を一切使わず、夫婦二人が、せいぜい嫁に行った二人の娘の手を借りて切り盛りしているわけで、夕食まで手が回らないのは当然。それでも、生粋のピエモンテ人であるピヌッチャは、絵に描いたようなイタリアマンマで、むしろ料理が大の得意なのだ。
それは、彼女が宿泊客に手料理をふるまう唯一の機会である朝食の内容を見てみれば、一目瞭然。
イタリアの朝食といえば、普通は、カプチーノかエスプレッソに、ブリオッシュのような甘いパンや、焼き菓子で終わり。
ところが、ピヌッチャの作る朝ごはんはといえば、手作りケーキやビスコッティは言わずもがな、アスパラガスのキッシュ、生ハムとサラミの盛り合わせに揚げたてパン、ブルスケッタ…、最後は畑で採れたフルーツでつくったマチェドニア(フルーツポンチ)まで。
ああ、こんなに食べられない…と、毎回思うのに、でも片っ端から手をつけずにいられない。もちろん、完食できた試しはないのだが、実に優しい味わいと見事な栄養バランスは、今まで世界を旅した中で、私のナンバー1ブレックファスト。
私がカステッロで働いていたときも、ピヌッチャの愛情あふれたこの朝食で、元気をたくさんチャージできたからこそ、毎晩深夜にまで及ぶ重労働に耐えられたようなものだ。
どうしてお父さんがいないのかしら?
私が初めてここへ来た8年前のことから始まって、「会社を二ヶ月も休むなんてことジャッポーネじゃ有り得ないことなのよ、わかる?でも、彼女はそれを成し遂げた最初の勇気あるサラリーマンなのよ」なんて話までしてる。ちょっと大げさだなあ…。
スイス人相手に、若い頃に習った片言のフランス語まで駆使して、ボディランゲージ。これもまた、この宿の名物だ。
スイス人のグループは、今日もひとつ残らずこのピヌッチャの朝食を平らげて、揚々とカンティーナ(ワインセラー)めぐりに出かけていった。
あたりが急に静かになると、庭は息子の独壇場と化す。目がイキイキし始めた。
というのも、ピヌッチャの長女にも、二年前にロレンツオという名の男の子が生まれ、庭には、ブランコ、サッカーボール、トラクターのおもちゃ…と、格好の遊び道具があふれている。
長女夫婦も共働きともあって、母親の仕事が終わるまで、毎日、保育園が終わるとピヌッチャの家で待っているのだ。うーむ、どっかのうちと似たような話だな~。
午後にロレンツオが帰ってくるまでは、おもちゃも、広い庭も、うちの息子が独り占め。
「喉かわいたんじゃない?ジュースいる?Mは何のジュースが好きかな?」
「ジェラート買ってきたわよ。食べる?」
そう、やさしいピヌッチャを独り占めできることもまた、彼にとっては重要な要素。
やさしいバーバと、たくさんのおもちゃ。これって、うちの子の、一番好きなパターンではないか。
そうこうするうちに、あっという間にお昼の時間がやってくる。
「お昼はどうする?トマトソースのパスタと、ホウレンソウのフリッタータ(卵焼き)と、昨日の残りのローストビーフで、軽く済ませるんでいい?」
軽くって、ぜんぜん軽くないじゃん。と、毎度突込みを入れたくなる。
それに、本来なら、宿泊客には朝食以外は提供していないというのに、昼も夜もピヌッチャたちと一緒に食事を摂らせてもらうことが、なんとなくあたりまえになってしまって久しい。
「トマト、もっと~!」
「え?トマトソース、いっぱいかかってるじゃない」
「違うよ、ただのトマトも欲しいの!」
パスタもトマトソースだというのに、息子は今日も、「生のトマト」を要求している。
無理もない。ジュリオの畑で取れる無農薬トマトは、「トマトはこうでなくちゃ!」という味がする。
南イタリアの、真っ赤に熟れたトマトともまた違い、見た目は、どちらかというと、私が小さい頃、八百屋に並んでいたような、ちょっと青みが残るトマトに似ている。
でも食べると、まったく似て非なるもの。硬さは残るのに、とにかく味がものすごく濃い。甘いの甘くないのなんてものさしでトマトを評している自分たちが愚かに思えてくるほどだ。
私が一口一口に陶酔しながら食べている間、ふとみると5つもらったはずのトマトがすべて消えている。子供の舌は、正直だ。
さて、もちろん生で食べてもこれだけ旨いトマトで作ったトマトソースなんだから、パスタだって旨くないはずがない。パルミジャーノをたっぷりかけて食べるのが、ピヌッチャスタイル。北イタリアでトマトを絶賛してるなんて、不思議と思われるかもしれないけど、とにかくおいしいんだから、仕方がない。
さて、お昼が終わると、あくびが出はじめた息子とベッドでごろん。
このまま一緒に寝てしまっても、どうせ1~2時間後には、やんちゃなロレンツォが庭を駆け回る声で目が覚めるだろう。
そろそろお昼にしようかと言われれば台所に行って一緒に料理をし、たらふく食べ、
午後は息子を寝かしつけるふりして自分も一緒に昼寝なんかしちゃって、
そして、夕方のきもちよい風と共に目覚めたら、庭で冷えた白ワインとジェラート。
そうこうするうち今度はそろそろ夜ご飯にしようかと声がかかり、また台所に行って一緒に料理を作り、そしてたらふく食べる。
どこに出かけるわけでもないし、どこに出かけたくなるわけでもない。
ただ、同じ場所に一日中いて、食べて、寝て、子供を遊ばせ、また食べて飲んで、寝る。
ああ、これって、完全に「実家」状態。
やめられまへん…。